ニルス・リューネ

生の豊穣と頽落、夢想の萌芽、成熟から破綻までを絢爛なアラベスクとして描きだした、世紀末デカダンスに先駆ける〈幻滅小説〉。リルケ、トーマス・マン、ヘッセ、ツヴァイク、ホーフマンスタール、ムージル、ジョイス、ルルフォを魅了した19世紀デンマーク文学の傑作長編。

◆本文より
退屈な生のいつ終わるともない寂寞(せきばく)のなか、空想が光輝の花を振り撒(ま)いた。夢みるような気分が胸内にただよい、生気あふれる芳香で心を誘い、蝕んだ。香りには、生気に渇えた胸さわぎの甘やかな毒が潜んでいた。


彼の語りの静かな淵泉から掬いとられた一滴一滴は、ひと雫の霊液かもしくは毒液ほどに重く強烈で、薫気の凝滴のように香りたっている。彼の朗読には、心を傾惑し陶酔させるものがある。我々の散文のうちに醸成された、芳烈この上ない気分をたたえた美酒である。
──ギーオウ・ブランデス

ヤコブセンの書物は、どこをとっても繊美な詩人の作です。当世がこの領域で生み出した、最上の傑作に属するといっていいでしょう。
──ヘンリック・イプセン

ニルス・リューネという、情熱に富んでいるがまるで才力はなく、生への無限の意志を抱きながら、夢想に窒息し重苦しい倦怠にうち拉がれているといった具合の、この半ばヴェルターにして半ばハムレット、はたまた半ばペール・ギュントともいうべき男によって体現された、空想的ながら深邃きわまりない独特な形影に、その憧れまどう遍歴に、我々は彼の感傷家的な気質を、いたましい鬱屈を、堰きこめられた憧憬を、そして、心底からの望みが叶うことなどないのだという悲劇めいた悟りを認めるのである。
──シュテファン・ツヴァイク

私は『マリーイ・グルベ』が心から好きです。『ニルス・リューネ』は輪をかけて好きです。いずれも堂々たる書物です。
──T・E・ロレンス

ヘンリヒ・シュティリング自伝 真実の物語

貧困に負けず学問を続けて大成する、独学者の数奇な人生行路を描いた18世紀ドイツの自伝文学。「疾風怒濤」運動の中心人物ゲーテ、観相学者ラヴァーター、思想家ヘルダーらとの親交から生まれた、〈ヴィルヘルム・マイスター〉よりも大衆に読まれた教養小説。本邦初訳。

◆本文より
聴衆の前で話しているとき、シュティリングは水を得た魚(うお)であった。話しているうちに彼の頭の中で概念がどんどん発展していき、しばしばすべてを言い表すための十分な言葉を見つけることができないほどだった。話しているとき、シュティリングという存在そのものが明るく晴れわたり、混じりけのない生命とその表出そのものになった。

ユング゠シュティリングのエネルギーの本質は、決して揺らぐことない神への信仰と、あらゆる災厄から間違いなく彼を救い出してくれる神慮への信頼に端的に表れていた。
──ゲーテ

現存するドイツ書のうち、最良の書であるエッカーマンの『ゲーテとの対話』を除けば、いったい何が繰り返し読まれるに値する散文文学だろうか。リヒテンベルクの『箴言集』、シュティフターの『晩夏』、ケラーの『ゼルトヴィーラの人々』、そしてユング゠シュティリングの『自伝』の第一書。これで当面は種切れであろう。
──ニーチェ

この素朴で胸に沁みる青春物語は、その飾らない筆致と相俟って、今もって感性の鋭い真面目な人々が耳傾けるに値する。
──ヘルマン・ヘッセ

「神の国」へ招かれた者の一人、まるで、そこからやって来て、「神の国」の存在を我々が見聞できるように保証してくれる人。
──ヨーハン・ペーター・ヘーベル

ユング゠シュティリング殿、私に真に実践的なキリスト教の要諦を教えてください。
──アレクサンドル一世

ミルドレッド・ピアース 未必の故意

『郵便配達は二度ベルを鳴らす』のJ・M・ケインの、映像化されたノワール文学の傑作。大恐慌のロサンゼルス郊外で、役立たずの夫を追い出した女が奮闘する、奮闘する愛と金と逸脱の物語。
アメリカの大衆の夢と欲望を描く。本邦初訳。

ロス・マクドナルド「ケインの日常的細部への卓越した観察眼はジャーナリスト出身ゆえだとわかる」
トム・ウルフ「騒がず落ち着いてジェイムズ・M・ケインを読んで小説の書き方を学習しろとノーマン・メイラーに勧めてやった。」

フラッシュ ある犬の伝記

19世紀の英国詩人エリザベス・バレット・ブラウニングの日常模様が、 愛犬フラッシュの目を通して語られる、ユーモア溢れる伝記小説。 ヴァージニア・ウルフが飼い犬に寄せたエッセイ「忠実なる友について」、 エリザベス・バレットの詩「わが忠犬、フラッシュに寄す」も収録。

仮面の陰に あるいは女の力

あの『若草物語』の作者オルコットが扇情小説を書いていた?!  なぜオルコットは、A. M. バーナードという男性作家名義で、 かくも扇情的な小説作品群をいくつも発表していたのか? 英国の名家でガヴァネスが惹き起こす、19世紀米国大衆〈スリラー〉小説。

青いと惑い

英文学者でもある著者が、1979年以降これまで書き留めた創作(詩、小説)をまとめる。 ジェイムズ・ジョイスの娘ルチアとサミュエル・ベケットの恋愛、ジム・モリソンをモデルにした作品や、人類学的ファンタジー、キャンパス・ノベルなど多彩。ウィリアム・プルーマーをめぐる思索を経て冒頭のメタフィクションと円環をなす。

片山廣子幻想翻訳集ケルティック・ファンタジー

大正期、アイルランド文芸復興運動に日本から連帯した翻訳家・松村みね子=片山廣子。 芥川や鴎外が激賞した美しき夢想の徒による、野蛮かつ荘厳な、精霊が息づく世界。 17歳の三島由紀夫が熱狂した、ケルト綺譚「かなしき女王」、1世紀経て、初めて完全再録。 ●目次 ケルト綺譚「かなしき女王」 マクラオド作  海豹  女王スカーアの笑い  最後の晩餐  髪あかきダフウト  魚と蠅の祝日  漁師  精  約束  琴  浅瀬に洗う女  剣のうた  かなしき女王 参考資料●初出誌版(かなしき女王/女王スカーアの笑ひ/一年の夢/海豹/琴  夏目漱石「幻影の盾」 現代語訳 印度風綺譚 ベイン作  闇の精  スリヤカンタ王の恋  青いろの疾風 アイルランド民話  河童のクウさん  主人と家来   鴉、鷲、鱒とお婆さん  ジェミイの冒険  「燈火節」より  北極星  大へび小へび  蝙蝠の歴史  燈火節  古い伝説  四つの市  ミケル祭の聖者  イエスとペテロ  アラン島  王の玄関  鷹の井戸  過去となったアイルランド文学 編者解説

イェレナ、いない女 他十三篇

目にするものはすべて詩であり、手に触れるものはすべて痛みである。 不正義、不条理に満ちた世界で人びとはいかに生きるか、歴史に翻弄される民族を見つめ、人類の希望を「橋」の詩学として語り続けた、ノーベル文学賞作家アンドリッチ。 短篇小説、散文詩、エッセイを収録した、精選作品集。 ■短篇小説 アリヤ・ジェルズレズの旅 蛇 石の上の女 一九二〇年の手紙 三人の少年 ジェバの橋 アスカと狼 イェレナ、いない女 ■散文詩 エクス・ポンド(黒海より) 不安 ■エッセイ スペインの現実と最初の一歩 コソボ史観の悲劇の主人公ニェゴシュ いかにして書物と文学の世界に入ったか

ボスの影

メキシコで、銃以外の手段で大統領になることはできません。 オクタビオ・パス、カルロス・フエンテス、ホセ・エミリオ・パチェーコらラテンアメリカ文学の巨匠に激賞された政治家・作家マルティン・ルイス・グスマン―― 作家みずから体験した1923年の政争、1927年セラーノ暗殺事件を題材に、首都メキシコシティで繰り広げられる、血なまぐさい政権抗争と人間の悲哀を描く〈メキシコ革命小説〉の白眉。本邦初訳。

かきがら

パンデミック後の光景、時の層を描く小説7篇。

殻(から)、空(から)、虚(から)、骸(から)……あれは都市の、
この世の崩壊の音。
富士が避けた。
電線のカラスが道にボトボト落下した。
雨みたいにばらばらと人の死が降った。
生き残った者は、ツルツルの肌を持つあのひとたちに奉仕した。

書き下ろしに既発表作品を大幅加筆し、収録。

聖伝

その目はあまりにも死んだ兄の目に似ていた。あの時、逆賊のテントで、みずからの手で殺したあの兄の目に……

絶対平和主義を貫き、正しい生き方を求め、最後には自死を選んだ伝記作家の名手ツヴァイク。聖書、聖典を材に、時代の「証人」として第一次世界大戦中から亡命時代に至る激動の時代に書き残した、「戦争と平和」をめぐる4つの物語。本邦初訳を含む新編新訳。

子供時代

原書名:Nathalie SARROUTE:”ENFANCE” ヌーヴォー・ロマン作家サロートが到達した、伝記でも回想でもない、まったく新しい「反-自伝小説」。「私」とあなた」の対話ではじまる、言葉とイマージュと記憶の物語。サロート円熟期の実験作、遂に邦訳刊行。サロート作品の日本語訳は実に44年ふり。

離人小説集

「分身」としての世界文学史小説
「幻視者」たちがさすらう、めくるめく文学草紙。著者初の書き下ろし小説集。
「既視」(芥川龍之介と内田百閒)/「丘の上の義足」(アルチュール・ランボー)/「カス燈ソナタ」(稲垣足穂)/「無人の劇場」(フェルナンド・ペソア)/「アデマの冬」(原一馬)/「風の狂馬」(アントナン・アルトー)/「天空の井戸」(小野篁)

独裁者ティラノ・バンデラス 灼熱の地の小説

独自の小説技法「エスペルペント」で描き出したいびつで歪んだグロテスクな現実世界。ガルシア=マルケスら世界文学者に継承される「独裁者小説の先駆的作品。本邦初役。

本書の訳者解題はnoteで公開しています。

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従弟クリスティアンの家で 他五編

人間の本質を鋭く描く、郷土文学の傑作短篇集。表題作ほか、「三色すみれ」「人形つかいのポーレ」「森のたかすみ」「静かな音楽家」「荒野の村」を収録。

本書の訳者解題はnoteで公開しています。

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荷風を盗んだ男

荷風の偽筆を製作し、『四畳半襖の下張』(生田耕作校訂版を本書に収録)を売り捌いた「インチキ渡世のイカサマ師」にして、この顛末を描いた荷風の小説「来訪者」の木場貞」のモデルだった男。その生きざまに迫る資料集
本文1ページ「はじめに」の「猪場毅」の「毅」のルビに「誤りがありました。 正しくは「たけし」です。 ここに訂正させていただきます。

ドクター・マリゴールド 朗読小説傑作選

ディケンズみずから朗読する「クリスマス・キャロル」「バーデル対ピクウィック」「デイヴィッド・コパフィールド」「ひいらぎ旅館の下足番」「ドクター・マリゴールド」の5編を収録。

本書の訳者解題と本書収録作品「ひいらぎ旅館の下足番」の朗読音声データはnoteで公開しています。

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浜藻崎陽歌仙帖

おなごの人も俳諧に遊ぶ楽しさを知ったなら、世の中はもっと住み良くなりはしないかしら。――江戸時代に諸国を行脚し、旅先で歌仙を巻いた実在の女俳諧師・五十嵐浜藻。そして彼女が史上初めて完成させた、すべて女性ばかりの付合(連句集)『八重山吹』。江戸期に比類のない同書始まりの地・長崎を舞台に、俳諧小説の第一人者が大胆に虚実を交え、その創成秘話を描く長篇。
[目次]
其の一 青北風
其の二 柘榴膾
其の三 神無月
其の四 枯尾花
其の五 日見峠
附篇 五十嵐浜藻の生涯と仕事
あとがき
参考資料
五十嵐浜藻年譜

本書の巻末資料「附篇 五十嵐浜藻の生涯と仕事」の一部をnoteで抜粋公開しています

学生たちの牧歌 1967-1968

デモ、恋、ノンセクトラジカル。すべてを見届けるために無色であろうとしたわたし。都内マンモス私大を舞台にした青春群像。