「還って来た者」の言葉

私たちをばらばらに切り離し、再生不可能と思えるほどの孤立をもたらしつつあるコロナ禍。その中で、他者との連帯と協調はいかにして可能か。親鸞の「悪人正機説」、吉本隆明の「往相還相」、イエスの「私に触れてはいけない」、村上春樹の「影」――絶望的な危機のさなかで古今の言葉を読み継ぎ、「反動感情」から「配慮」へと希望の隘路を見出す。閉塞的な現在状況に批評家が全力で応えた最新評論集。

【内容】
はじめに

Ⅰ 吉本隆明・親鸞・西行・ヴェイユ
死を普遍的に歌うということ――吉本隆明と立原道造
なぜ「極悪人」に「救い」があるのか――吉本隆明『最後の親鸞』』を読みながら
「還ってきた者」の言葉
「パラドックス」としての〈共生〉
竹の葉先のかすかな震え
西行の歌の心とは何か――工藤正廣『郷愁 みちのくの西行』
なぜいま絶対非戦論が問題とされなければならないのか――吉本隆明『甦えるヴェイユ』について

Ⅱ 加藤典洋・村上春樹
「ただの戦争放棄」と「特別な戦争放棄」――加藤典洋の戦後観と『9条入門』
内面の表象から欲望の肯定へ――加藤典洋の村上春樹評価をめぐって
村上春樹の物語の後に
回生の言葉――江田浩司『重吉』
理由なき死――松山愼介評論集

Ⅲ 大澤真幸・ジジェク・アガンベン・カツェネルソン
コロナ禍のなかでいかに生きるか
負け損をする人々への配慮

証言――あとがきに代えて
覚書

三島由紀夫自決考

長く問われてきた謎に迫る新解釈。没後半世紀を経て見出された答。
文学的死か、政治的死か。

最初の五年で武士の名に恥じぬ肉体をつくり、次の五年で右翼デビュー、最後の五年で私党を結成し……
「葉隠」の哲学に基づく「十五年計画」とはなにか。



■本文中に誤りがあることが判明いたしました。(2021年9月21日)
第七章 林房雄と三島由紀夫  P181、2~3行目

【誤】
そのように徳岡が考えたかどうか、いまや当人も鬼籍にはいっているため確かめようもないが、たぶん考えたことは考えたに違いない。

【正】
そのように徳岡が考えたかどうかはわからないが、あり得ないことではあるまい。

※本文中に登場する徳岡孝夫氏(91)がご存命であることがわかりました。謹んでお詫び申し上げます。

魂の不滅なる白い砂漠 詩と詩論 

シュルレアリスムの先駆的存在と知らしめた〈イマージュ〉から孤高の存在へと歩を進めた詩人ルヴェルディ――初期から晩年に至る30篇の「詩」、本邦初訳「詩と呼ばれるこの情動」他「詩論」4篇、E・グリッサンのルヴェルディ論を付したルヴェルディ詩学の核心に迫る精選作品集。 訳者による本書の解題(抜粋)はnoteで公開しています。

レペルトワール I

「彼(ビュトール)の言葉が達する領域は、バルトやリシャ―ルのそれに比較して、はるかに広く、いつか、思いもかけぬ時期に、モビールのようなフランス文学史ができあがっているかもしれない。」【蓮實重彥「バルト・リシャ―ル・ビュトール」より】

フランス文学史に聳え立つ20世紀フランス文芸批評の金字塔、全5巻発刊!
「ビュトール宇宙」の集大成となる評論集、日本初の完訳版。

みんなみんな逝ってしまった、けれど文学は死なない。

「あの彼らの姿を、私たちは忘れてはいけない。」
「今を生きる文学者の使命」とは何か 「文壇おくりびと」を自任し、つねに「文学のリアル」を追い求めた評論家・坪内祐三が書き継いできた、追悼と論考、文芸誌を中心とした雑誌ジャーナリズムと書店へのオマージュ。

目次
第1章 文壇おくりびと
福田恆存 嫉妬心がない保守思想家
梅棹忠夫と山口昌男が鰻を食べた一九八八年春
山口昌男 「知の速射砲」を浴びせた恩師
常盤新平さんありがとうございました
私は安岡章太郎の影響を受けているかもしれない
「町の普通のそばや」と秋山駿さん
大西巨人さんの眼
野坂昭如は倒れた時もすごい現役作家だった
マイ・バッド・カンパニー(中川六平、吉田司、岡田睦)
第2章 津島の文学史
小林秀雄は死ぬまで現役だった
正宗白鳥
「第三の新人」としての長谷川四郎
『群像』で辿る「追悼」の文学史
十返肇は文壇の淀川長治だった
第3章 福田章二と庄司薫
福田章二論
庄司薫『ぼくの大好きな青髭』
第4章 雑誌好き
『文藝春秋』新年号に時代を読む
ミニコミと雑誌の黄金時代
今こそ『新潮60』の創刊を
第5章 記憶の書店、記憶の本棚
本の恩師たち
神田神保町「坪内コーナー」の思い出
高原書店からブックオフへ、または「せどり」の変容
本は売れないのではなく買えないのだ
第6章 「東京」という空間
田中角栄と高層ビル、高速道路、そして新幹線
九段坂
歌舞伎座にはもう足を運ばないだろう
荷風の浅草、私の浅草
第7章 「平成」の終り
借金をするなという父の教え
文学賞のパーティが「薄く」なった理由
厄年にサイボーグになってしまった私
「第二の玉音放送」の年「中年御三家」が夜を去った
平成三十年に私は還暦を迎えた
「跋文」東京タワーなら倒れたぜ 平山周吉
関連年表
坪内祐三著作一覧
索引

荷風を盗んだ男

荷風の偽筆を製作し、『四畳半襖の下張』(生田耕作校訂版を本書に収録)を売り捌いた「インチキ渡世のイカサマ師」にして、この顛末を描いた荷風の小説「来訪者」の木場貞」のモデルだった男。その生きざまに迫る資料集
本文1ページ「はじめに」の「猪場毅」の「毅」のルビに「誤りがありました。 正しくは「たけし」です。 ここに訂正させていただきます。

呪われた詩人たち

コルビエール、ランボー、マラルメらを世に知らしめ、同時代人の蒙を開き、時代におおきな影響をもたらした評論の、初の原著からの完全日本語訳。 訳者(倉方健作)の解題はnoteで公開しています。 本書と同時刊のコルビエール『アムール・ジョーヌ』(小澤真・訳)刊行記念対談もnoteで、前編後編と2回にわけて、公開しています。

終わりなき漱石

生成、深化、そして再帰へ。 著者がデビュー以来長年書き継いできた『夏目漱石論―序説』(1980)、『「それから」から「明暗」へ』(1982)、『夏目漱石は思想家である』(2007)、『漱石の俳句・漢詩』(2011)の四冊をベースに、新たに一貫したモティーフのもと漱石作品を読み直し、大幅改稿のうえ論じ直した、神山漱石論の現時点での集大成となる超大作(全1056頁)。 小説のみならず、俳句・漢詩さらに『文学論』も含めた、夏目漱石の文学と思想――その全体像を読み解く試み。

[目次]
はじめに
第一部 生成する漱石
第二部 深化しゆく小説
第三部 思想としての漱石
第四部 再帰する『文学論』
第五部 詩人漱石の展開 俳句・漢詩
略伝
略年譜
あとがき

本書の「はじめに」をnoteで公開しています。

私は小説である

S・ベケットに始まり、小島信夫、小沼丹、保坂和志、大江健三郎、村上春樹、蓮實重彦、筒井康隆、磯崎憲一郎、古川日出男、坂口恭平、山下澄人、飴屋法水、そして再びベケットの方へ。「私」と「小説」の可能性を酷使し、拡張し、更新するための小説論。

日本国憲法と本土決戦

共苦(コンパッション)と憐憫(ピティ)。災害後の社会を覆う「反動感情」を撃つ。 巻末に遠藤周作『沈黙』をめぐる若松英輔との対談を収録 本書「はじめに」をnoteで公開しています。

文壇出世物語

読んで愉しい、明治大正文壇ゴシップ事典 大正期に匿名で発表された謎の名著が、21世紀の文豪ブームに一石を投じるべく復活。

ロミイの代辯

みんな くたばれ  発掘資料より43+3篇。詩歌、散文、写真。没35年、いまなお響く、そのロマネスク。

文学問題(F+f)+

夏目漱石「文学論」を現代語訳+解説で完全読解。文学の定義「F+f」を古今東西の文学を読み解く道具として再生。多様な学術領域と連関し「来たるべき「文学論」」としてヴァージョンアップ。「文学とは何か?」を理解するための文学問題集

歴史の総合者として

真実の革命的インテリゲンツィアとして僕たちは立つ  刻々たる状況に「文学」から批判し、人間精神の真実を貫徹させた「批評家・大西巨人」。その批評=運動を総展望。

ことばだけでは伝わらない

「見た目」や「伝え方」だけではない7つの要素 「伝え合い」という考え方で、言語(バーバル)と非言語(ノンバーバル)の働きを総合的に捉える。世界各地の言語に親しんだ文化人類学者による、本質的なコミュニケーション論

もうすぐやってくる尊皇攘夷思想のために

われわれの内なる危険領域へ踏み入る 新たな時代の予感と政治経済の後退期のはざまで、今、考えるべきこととは何か。戦後論の第一人者が、失われた思想の可能性と未来像を探る批評集。

仰臥漫録

日記を書くことが、最後の日々を支えた 巻末には子規と同郷・松山生まれの脚本家・早坂暁が、正岡律に光を当てた長篇エッセイを併録。『坂の上の雲』にも描かれた、その献身的介護とは。

琉球文学論

日本列島弧の全体像を眺める視点から、琉球文化を読み解く 琉球弧の歴史を背景に、古謡、オモロ、琉歌、組踊などのテクストをわかりやすく解説。1976年の講義録を初めて書籍化。

ナショナリズムの昭和

左翼的偏見や右翼的独善からの解放 天皇制とは何か。国のあるべき姿とは何か。戦前と戦後の国家像を検証し、後世に受け継ぐべき理念を探る1500枚、ついに刊行!